富士見再発見 - 匠に生きる - 新まち通信 / 富士見町役場新しいまちづくり係

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富士見町の匠たち


 

かつて甲州街道蔦木宿と金沢宿の合いの宿として栄えた御射山神戸集落。現在は国道20号となり、かつての賑わいは薄れている。
 
この集落に昔かたぎの野鍛冶職人が居る。
名前は有賀秋人。昭和5年生まれ。
彼は14歳の時、学徒動員で横浜に出た。粗末な鉄板を組み立て特攻隊用の飛行機を製作したという。
終戦とともに故郷に戻った彼は『鍛冶屋なら銀飯(白米)に困ることは無え。』と薦められ、師匠 小林染平に弟子入りした。

それから60年、
今日も彼は槌を振り続けている・・・・ 
自分の腕一本で鍬、鋤簾、鎌を造りつづけている・・・・

 

・・・・・・この鍛冶屋に後継者はいない。
 

新しいまちづくり係
有賀秋人   鍛冶屋

 
富士見町の文化を作ったのは匠たちだった・・・

 
所在地 〒399-0211
長野県諏訪郡富士見町富士見10187-5

昭和 5年 9月   長野県諏訪郡富士見村御射山神戸に生まれる
昭和20年 3月   学徒動員で横浜へ
昭和20年12月   15歳で鍛冶屋 小林染平に弟子入り

昭和32年     独立
・・・以降数十年   野鍛冶一筋

更新情報

染平、清次、久吉、秋人・・・

御射山神戸集落には、かつて4軒の鍛冶屋があった
その全てが、野鍛冶である

染平、清次、久吉、秋人

四軒は茅野市穴山にある鍛冶屋と野鍛冶組合をつくり
定期的に交流をしていたという
いつ頃まで続いていたか
秋人さんも覚えていないという

穴山の鍛冶屋は丸八、金太
職人を幾人も抱えた大きな鍛冶屋だったそうだ
しかし、その鍛冶屋も今はない
contribute : 2007/07/27

地道にやらなきゃだめさ・・

秋人さんの作業場にはいろいろな機械や道具がある
そのひとつ『切断機』は今でも重要な役を担っていて
『ベルトハンマー』と並んで無くてはならない機械である

どの道具や機械を見ても新品のものなどない
大切に使われ、時には修理され、何十年も使い込まれたものばかりだ
秋人さんの道具に対する愛情が伝わる

「昔は、この鉄筋棒切断するのに 何時間も掛ったもんだ
 この切断機なら 一瞬さ」
秋人さんが なれた手つきで 鉄筋棒を切断して見せてくれた
この鉄筋棒が鍬に形を変えるのだから不思議極まりない


 
contribute : 2007/07/25

親方はすげ−人だったなー・・・

壁には百丁近い道具が掛けられている
そのひとつひとつの道具に使い道があるのだという
しいて云えば 『道具を使うための道具』 だそうである

「こりゃあー 鉄火箸といって 親方が全部考えたもんだ
すべてが手作りさ 今考えてみても親方はやっぱりすげ−人だったなー」

「だから、みんな染平さんと呼んでいたが 俺あ 昔も今も 気安く呼べねーさ」


contribute : 2007/07/23

かつて4軒あった野鍛冶は・・・

甲州街道御射山神戸集落 洗坂(あらいざか)と地元で呼ばれている坂道を登ると道祖神の一群に出会う

秋人さんの工場(こうば)はその先の小高い丘の上にある
入口には大きな松があり、金山権現と彫られた大きな碑が
ある
かつてこの集落に4軒あった野鍛冶職人の守り神であったに違いない

その野鍛冶も今は秋人さんただ一人
かつて秋人さんの工場は洗坂の入口にあった、この場所に工場を移転したのは三十年程前である
が、しかし、松と石碑は居を構える前からここにあったという
とすれば、秋人さんは来るべくして、知らず知らずのうちにこの場所に導かれるてきたということか・・・・


contribute : 2007/07/20

俺が責任もって治してやる・・・

鍬ひとつとっても大きいものもあれば 小さいものもある
使う地方ごと形が違うだ
この辺の人は 割と軽い小型のものが好きだ
大きいほうが俺は使いやすいと思うけどな

最近じゃ量販店に安くて軽い道具がたくさん売られてる
だけど壊れたらそのまま廃棄だろ・・・さみしいもんだ
俺がつくった鍬なら 俺が責任もって治してやるさ
鍬だって そのほうが喜ぶんじゃね−かな

・・・・秋人さんがしみじみ言った


contribute : 2007/07/12

『よつっぱ』ひとつで『米七升』

親方のところに弟子入りした頃は、一日やって ふたりで『よつっぱ』を五丁作るのがやっとだった
それでも『よつっぱ』ひとつで米七升と交換できたから儲かったほうさ
家に帰ると腕が上がらず飯が食えなかった
今の人にゃあ 真似しろったって無理さ

作業するための穴『横座』に入ったのは弟子入りしてから四年経ってからさ
・・・・・・秋人さんがあっけらかんと言う

contribute : 2007/07/10

仕事は火を熾すことから始まる。

仕事は火を熾すことから始まる
燃料はコークス
石炭からガスを抜いたものだ
少なくとも1時間は掛るという
秋人さんは1度に2tを仕入れている
1日に使う量はみかん箱ひと箱分
コークスを販売する業者は諏訪地域に1軒
今では秋人さんが最も大口のお客さんになってしまった

コークスだけでは火は熾きない
秋人さんが使うのはバラ炭と日めくり
堅炭では火は熾きないという
バラ炭は大晦日に神戸八幡神社で毎年行なわれる焚き火でできたものと聞いて嬉しかった


来る日もくる日も同じ繰り返し

「こんなことを俺は60年も続けてきただ
いかに物好きかわかるだろ」と秋人さんが笑った

本当に立派な『物好きだ』・・・すばらしい物好きだ
contribute : 2007/07/05

俺も歳とったさ・・・

「相棒の『ベルトハンマー』もいつ動かなくなるか、最近は心配になるだ。こいつが来たこらー調子がよくってサ。一日になん十丁も打ったもんさ。」
「この歳になりゃ−、同級で働いてるのは俺一人さ。
もうやめ頃かなと思う時がある。だけど、やめられちゃー困ると言ってくれる人があるもんだで、頑張るだ。」・・・・秋人さんは言う。

「まだまだ頑張らなきゃ」・・無責任にそんな言葉はかけられなかった。
contribute : 2007/07/04